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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)405号 判決 2000年4月13日

原告

【A】

訴訟代理人弁護士

鹿児嶋康雄

笹原直和

平出晋一

弁理士

【B】

被告

株式会社マックス

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁護士

渡邉一平

弁理士

【D】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が平成7年審判第16179号事件について平成10年11月20日にした審決を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「鍵変換式のピンタンブラー錠」とする登録第1980513号実用新案(昭和62年3月6日実用新案登録出願(実願昭62-31995号)、平成4年11月13日出願公告(実公平4-48296号)、平成5年8月27日設定登録。本件考案)の実用新案権者であるが、被告は、平成7年7月27日、本件考案について無効審判請求をし、平成7年審判第16179号事件として審理された結果、平成10年11月20日、本件考案の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は同年12月2日原告に送達された。

本件考案については、平成8年9月2日付け訂正請求(第1回訂正)、平成9年4月25日付け訂正明細書の補正(第2回訂正)及び平成9年7月27日付け訂正明細書の補正(第3回訂正)があった。

2  本件考案の要旨

(上記各訂正後の登録請求の範囲の記載)

(1) 鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングと、ケーシング奥内部に設けられ多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体とから錠本体が構成され、該錠本体の前記鍵挿入口から差込可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組合わされてなるピンタンブラー錠において、

上記一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具え、前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンと前記ケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられていることを特徴とする鍵変換式ピンタンブラー錠。

(2) 実用新案登録請求の範囲第一項記載の考案において、短寸のピンがドライブピンであって、第二変換鍵及び第二鍵の一つの操作ピン押圧用カム溝面がボール一個分深く形成されることを特徴とする鍵変換式のピンタンブラー錠。

3  審決の理由の要点

(1)  手続の経緯

本件考案については、原告(被請求人)は、審判における平成8年5月24日付け実用新案登録無効理由通知に対応して平成8年9月2日付けで訂正請求し(第1回訂正)、平成9年2月10日付け実用新案登録無効理由通知及び訂正拒絶理由通知に対応して平成9年4月25日付けで訂正明細書を補正し(第2回訂正)、さらに、平成9年5月27日付け実用新案登録無効理由通知及び訂正拒絶理由に対応して平成9年7月27日付けで訂正明細書を補正した(第3回訂正)。

(2)  被告(請求人)の主張

被告は、審判請求の理由として、次の3つを挙げ、概ね次のように主張している。

[無効理由1]:

本件考案の登録請求の範囲第1項及び第2項に係る考案は、その出願前公知の審判甲第2号証ないし審判甲第5号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものであって、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができないものであるから、その実用新案登録は同法第37条第1項第1号の規定により無効とすべきである。

[無効理由2]:

本件考案に係る実用新案登録出願の願書に添付した明細書及び図面には、当業者が容易にその実施をできる程度に本件考案が記載されておらず、また、本件考案に係る登録請求の範囲第1項は本件考案の構成に欠くことができない事項を記載したものではないから、本件考案は実用新案法第5条第3項及び第4項の規定により実用新案登録を受けることができないものであり、その実用新案登録は同法第37条第1項第3号の規定により無効とすべきである。

[無効理由3]:

本件考案は、本件実用新案登録出願前に日本国内において公然実施された考案であって、実用新案法第3条第1項第2号に該当し、実用新案登録を受けることができないものであるから、その実用新案登録は同法第37条第1項第1号の規定により無効とすべきである。

被告は、審判の証拠方法として審判甲第6ないし審判甲第29号証及び検審判甲第1号証を提出するとともに以下の証人の証人尋問を申請している。

証人1:【E】、証人2:【F】、証人3:【G】、証人4:【A】

(3)  原告(被請求人)の主張

一方、原告は、次の主張をし、証拠方法として審判乙1号証、審判乙2号証及び審判乙3号証を提出している。

(3)-1 本件第1考案(登録請求の範囲第1項に係る考案)及び本件第2考案(登録請求の範囲第2項に係る考案)は審判甲第2号証ないし審判甲第5号証に記載の考案から当業者が極めて容易に考案することができたものではない、

(3)-2 本件考案に係る実用新案登録出願の願書に添付した明細書及び図面は、訂正拒絶理由通知及び実用新案登録無効理由通知に対応して訂正したので、明細書及び図面に記載不備はない。

(3)-3 本件考案が、本件実用新案登録出願前に日本国内において公然実施された考案であるという被告の主張は、何ら客観的な証拠に基づくものではない。

(4)  訂正請求の内容

原告が求めた具体的な訂正の内容は下記のとおりである。

(4)-1 第1回訂正

(4)-1-1 明瞭でない記載の釈明を目的として、登録請求の範囲第1項を「(1)鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングと、ケーシング奥内部に設けられ多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体とから錠本体が構成され、該錠本体の前記鍵挿入口から差込可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組合わされてなるピンタンブラー錠において、

上記少なくとも一つのピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具えたことを特徴とする鍵変換式ピンタンブラー錠。」から

「(1)鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングと、ケーシング奥内部に設けられ多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体とから錠本体が構成され、該錠本体の前記鍵挿入口から差込可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組合わされてなるピンタンブラー錠において、

上記少なくとも一つのピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具え、前記ケーシングの有底ピン孔底部と前記ドライブピンとの間は前記ボールより狭い間隙に設けられていることを特徴とする鍵変換式ピンタンブラー錠。」

と訂正する(訂正1)。

(4)-1-2 明瞭でない記載の釈明を目的として、明細書第4頁第9行~第20行(公報3欄第16行~27行)の

「前記目的を達成するための本考案に係るピンタンブラー錠の特徴は、上記少なくとも一つのピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具えたことにある。」を

「前記目的を達成するための本考案に係るピンタンブラー錠の特徴は、上記少なくとも一つのピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具え、前記ケーシングの有底ピン孔底部と前記ドライブピンとの間は前記ボールより狭い間隙に設けられていることにある。」

と訂正する(訂正2)。

(4)-1-3 誤記の訂正を目的として、

明細書第2頁第19行(公報第2欄第12行)及び明細書第12頁第10行~11行(公報第6欄第44行~第7欄第1行)の「錠変換式のピンタンブラー錠」を「鍵変換式のピンタンブラー錠」と訂正する(訂正3)。

(4)-1-4 誤記の訂正を目的として、

明細書第3頁第2~3行(公報第2欄第15行~16行)の「専用錠」を「専用鍵」と訂正する(訂正4)。

(4)-1-5 誤記の訂正を目的として、明細書第3頁第8行(公報第2欄第21行)の「斬る」を「斯る」と訂正する(訂正5)。

(4)-1-6 誤記の訂正を目的として、

明細書第3頁第18行~19行(公報第3欄第5行~6行)の「ピンタンブラー」を「ピンタンブラー錠」と訂正する(訂正6)。

(4)-1-7 誤記の訂正を目的として、明細書第4頁第3行~4行(公報第3欄第10行~11行)の「なされたもいので、」を「なされたもので、」と訂正する(訂正7)。

(4)-1-8 誤記の訂正を目的として、明細書第4頁第6行~7行(公報第3欄第10行~11行)の「鍵変換式のタンブラー錠」を「鍵変換式のピンタンブラー錠」と訂正する(訂正8)。

(4)-1-9 誤記の訂正を目的として、明細書第5頁第15行(公報第3欄第42行)及び明細書第10頁第11行(公報第6欄第5行)の「第二変化鍵」を「第二変換鍵」と訂正する(訂正9)。

(4)-1-10 誤記の訂正を目的として、明細書第5頁第17行(公報第3欄第44行)の「合致させて状態」を「合致させた状態」と訂正する(訂正10)。

(4)-1-11 誤記の訂正を目的として、明細書第6頁第15行(公報第4欄第18行)、明細書第7頁第20行(公報第4欄第43行)、明細書第8頁第12行(公報第5欄第11行)の「鍵本体1」を「錠本体1」と訂正する(訂正11)。

(4)-1-12 誤記の訂正を目的として、明細書第6頁第19行(公報第4欄第22行)、明細書第8頁第2行(公報第5欄第1行)の「ケーシング1」を「ケーシング2」と訂正する(訂正12)。

(4)-1-13 誤記の訂正を目的として、明細書第7頁第10行(公報第4欄第33行)の「各ドライブピン14a~14e」を「各ドライブピン19a~19e」と訂正する(訂正13)。

(4)-1-14 誤記の訂正を目的として、明細書第8頁第20行(公報第5欄第19行)の「操作ピン押圧溝44b」を「操作ピン押圧用カム溝面44b」と訂正する(訂正14)。

(4)-1-15 誤記の訂正を目的として、明細書第9頁第7行~8行(公報第5欄第26行~27行)の「操作ピン押圧用カム溝面54a~54f」を「操作ピン押圧用カム溝面54a~54e」と訂正する(訂正15)。

(4)-1-16 誤記の訂正を目的として、明細書第9頁第9行~10行(公報第5欄第28行~29行)の「操作ピン押圧用カム溝面67a~67f」を「操作ピン押圧用カム溝面67a~67e」と訂正する(訂正16)。

(4)-1-17 誤記の訂正を目的として、明細書第9頁第13行(公報第5欄第31行)の「錠本体5」を「錠本体1」と訂正する(訂正17)。

(4)-1-18 誤記の訂正を目的として、明細書第12頁第11行(公報第7欄第1行)の「錠体」を「錠本体」と訂正する(訂正18)。

(4)-2 第2回訂正

(4)-2-1 明細書の登録請求の範囲を下記のとおり補正する(訂正19)。

「(1) 鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングと、ケーシング奥内部に設けられ多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体とから錠本体が構成され、該錠本体の前記鍵挿入口から差込可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組合わされてなるピンタンブラー錠において、上記少なくとも一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具え、前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンと前記ケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられていることを特徴とする鍵変換式ピンタンブラー錠。

(2) 実用新案登録請求の範囲第一項記載の考案において、短寸のピンがドライブピンであって、第二変換鍵及び第二鍵の少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面がボール一個分深く形成されることを特徴とする鍵変換式のピンタンブラー錠。」

(4)-2-2 明細書第4頁第9行~20行(公報第3欄第16行~27行)の記載を下記のとおり補正する(訂正20)。

「前記目的を達成するための本考案に係るピンタンブラー錠の特徴は、上記少なくとも一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具え、前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンと前記ケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられていることにある。」

(4)-3 第3回訂正

(4)-3-1 明細書の登録請求の範囲を下記のとおり補正する(訂正21)。

「(1) 鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングと、ケーシング奥内部に設けられ多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体とから錠本体が構成され、該錠本体の前記鍵挿入口から差込可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組合わされてなるピンタンブラー錠において、

上記一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具え、前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンと前記ケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられていることを特徴とする鍵変換式ピンタンブラー錠。

(2) 実用新案登録請求の範囲第一項記載の考案において、短寸のピンがドライブピンであって、第二変換鍵及び第二鍵の一つの操作ピン押圧用カム溝面がボール一個分深く形成されることを特徴とする鍵変換式のピンタンブラー錠。」

(4)-3-2 明細書第4頁第10行(公報第3欄第17行)の「上記少なくとも一つのドライブピン」とあるを、「上記一つのドライブピン」と補正する(訂正22)。

(4)-3-3 明細書第4頁第15行(公報第3欄第22行~23行)の「少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面」とあるを、「一つの操作ピン押圧用カム溝面」と補正する(訂正23)。

(4)-3-4 明細書第8頁第12行~13行(公報第5欄第11行~12行)行の「少なくとも一つのドライブピン19b」とあるを、「一つのドライブピン19b」と補正する(訂正24)。

(5)  訂正の適否についての審決の判断

(5)-1 旧実用新案法第40条第2項及び第39条第2項の適否の検討まず、上記各訂正(本件訂正)が、旧実用新案法第40条第2項ただし書に規定する範囲内においてなされ、同ただし書各号に掲げる事項を目的としているか否か、及び、同法第39条第2項の規定に適合するか否かを検討する。

(5)-1-1 訂正1、訂正19及び訂正21について

これらの訂正を、登録時の登録請求の範囲の構成において分説すると、(A)「上記少なくとも一つのピンを短寸として」を「上記一つのドライブピンを短寸として」に訂正し、同じく「少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面」を「一つの操作ピン押圧用カム溝面」に訂正し(訂正21)、(B)多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容するという形態を「前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンと前記ケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられている」に限定した(訂正1、訂正19)ものである。

そこで検討すると、上記(A)点は、登録時の登録請求の範囲に記載された「少なくとも一つのピン」の「ピン」を「ドライブピン」と限定し、かつ「少なくとも一つ」の「少なくとも」を削除して「一つの」に限定するものであり、また「少なくとも一つの操作ピン」の「少なくとも」を削除し「一つの操作ピン」と限定するものであるから、登録請求の範囲の減縮に相当し、また、実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないと認められる。

また、上記の(B)点は、願書に添付した明細書の第8頁第12~15行(公報第5欄第11~~14行)の「上記鍵(錠の誤記と認められる)本体1の特徴は、一つのドライブピン19bを他のドライブピン19a、19c~19eよりも短寸に形成し、その部分にボール29を介在した構成にある。」、同第10頁第2~7行(公報第5欄第40行~第6欄第1行)の「第一変換鍵8を差し込むと、第6図に示す如く、その操作ピン押圧用カム溝面61a~61eは上記第一鍵6の各操作ピン押圧用カム溝面44a~44eの各後退量と同一であるので、各ドライブピン19a~19eの先端が回転面5に一致する。」、同第10頁第15行~第11頁第9行(公報第6欄第9~23行)の「第二変換鍵9の操作ピン押圧用カム溝面67bは、上記第一鍵6、第一変換鍵8の操作ピン押圧用カム溝面44b,54bよりボール29の直径分だけ後退しているので、該ボール29は第8図示の如く貫通ピン孔30内へ移動する。次に、第二変換鍵9を上記とは逆方向に回転させることにより第9図に示す状態とした後、第二変換鍵9を引き抜くと、第二鍵7だけが使用可能となる。すなわち、第二鍵7を差し込むと第9図に示すように、回転体4が回転可能となって解錠する。なお、第一鍵6を差し込もうとしても、該第一鍵6はボール29に邪魔されて差し込まれないので、第一鍵6は不能となる。」の記載からみて、「短寸のドライブピンの部分にボールがあるときは短寸のドライブピンとボールとを含めて回転面まで後退可能であり(第6図の状態)」、また「短寸のドライブピン以外のドライブピンの部分にボールがあるときは当該ドライブピンとボールとを含めて回転面まで後退不可能(第9図の状態)」であることを総合して判断すると、「短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンとケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときボールより狭い間隙に設けられている」は、願書に添付した明細書に記載されているものと認められ、上記(B)点は登録時の登録請求の範囲の「多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する」の構成をさらに限定するものであるから、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、登録請求の範囲の減縮に相当し、また実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないと認められる。

(5)-1-2 訂正2、訂正20、訂正22、訂正23及び訂正24についてこれらの訂正は、登録請求の範囲の訂正に関連して考案の詳細な説明の「問題点を解決するための手段」の項及び「考案の実施例」の項の一部を訂正するもので、その内容は上記訂正1、訂正19及び訂正21と同内容であるから、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、明瞭でない記載の釈明に相当し、また実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないと認められる。

してみると、これらの訂正は、実用新案法第38条第2項の請求書の要旨を変更するものではない。

(5)-1-3 訂正3~訂正18について

これらの訂正は、いずれも誤記の訂正に相当し、また実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないと認められる。

したがって、本件訂正は、前述した旧実用新案法第40条第2項ただし書で規定する範囲内においてなされ、同ただし書で規定する登録請求の範囲の減縮、誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とし、同条第5項の規定において準用される旧実用新案法第39条第2項の規定でいう実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないと認められる。

(5)-2 本件考案の要旨(訂正後)

その結果、本件考案の要旨は、補正された訂正明細書の登録請求の範囲に記載されたとおりのものであると認められ、前記2の本件考案の要旨に示されたとおりである。

(5)-3 次に、本件訂正が、前述した旧実用新案法第39条第3項の規定に適合するか否か、すなわち、本件訂正後における登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案が実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるか否か検討する。

上記の規定に適合するか否かは、実質的に被告の主張する本件審判事件の無効理由について、理由があるか否かでもあるので、この無効理由から検討する。

(5)-3-1 無効理由1についてした審決の検討(訂正後の本件考案について)そこで、先ず被告が主張する無効理由1について検討する。

(ⅰ) 審判甲第2~5号証に記載の考案審判甲第2号証の特開昭59-72366号公報(昭和59年4月24日公開)には、

「(目的)

複数列のピンタンブラのタンブラ編成をマスターキーと特定のチエンジキーとによって、自在に変換可能とする。

(構成)

リング状キー挿入口6の外縁にガイド溝12、13を有する外筒1と、

外筒1奥内部に設けられた多数列の有底ピン孔部10c底部から前方へ付勢状態で後ピン11cを夫々収容するカラーリング9と、

カラーリング9と同心に配置されカラーリング9表面との間で界面aを構成すると共に多数列のピン孔部10bに夫々中間ピン11bを前記後ピン11cと同軸上に収容するマスターリング8と、

カラーリング9及びマスターリング8に一端が回動自在に挿通されて該マスターリング8表面との間で界面bを構成すると共に多数列のピン孔部10aに夫々前ピン11aを前記後ピン11cと同軸上に収容する内軸3とから錠本体が構成され、

該錠本体のリング状キー挿入口6から差込可能な外周端面には前ピン11a押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具えるオペレーターキー(明示的には記載されていないが、タンブラー編成の変換前の状態において使用可能なキーをオペレーターキーとすると当該錠に使用できるオペレーターキーが記載されているに等しいと認定した。)とから組み合わされてなるピンタンブラー錠において、

前ピン11aは後ピン11cとの間に介在された長さの異なる中間ピン11bと、

前記ガイド溝13から抜き差しを許容する突起B2を有すると共に、前記オペレーターキーの前ピン押圧用カム溝面と同様の前ピン押圧用カム溝面を有するチエンジキーBと、

前記ガイド溝13から抜き差しを許容する突起A2と、上記中間ピン11bと前ピン11aの界面b1が前記界面a1に一致するようにピンタンブラー11を押し込む前ピン押圧用カム溝面を有するマスターキーAと、

抜け止め用突起C1を有し前記チエンジキーBと前記マスターキーで編成を変換したピンタンブラー11を中間ピン11bと後ピン11cの界面a1が前記界面aに一致するように押し込む前ピン押圧用カム溝面を有するオペレーターキーCとを具えた鍵変換式ピンタンブラー錠。

(作用)

或る特定のタンブラ編成に対して解錠可能でもあるチエンジキーBで各タンブラ11における前ピン11aと中間ピン11bを、内軸3およびマスターリング8ともどもその回転軸心周りに公転移動せしめて相互に入れ換え、次いで全てのタンブラ編成に対して解錠可能でもあるマスターキーAで、各ピンタンブラ11における先に公転移動させて入れ換えした中間ピン11bを残して、前ピン11aのみを公転復動させることにより、その各ピンタンブラ11のタンブラ編成を、斯る変換操作に用いたチエンジキーBでは解錠不能な編成に変換自在である。」

が記載されており、

審判甲第3号証の特開昭60ー5980号公報(昭和60年1月12日公開)には、

「(目的)

同種類のシリンダ錠に対する異形の鍵数を激増しうる可変式錠前に関する。

(構成)

N個のピン穴を有するプラグ1と、2N個のピン穴A1・・、B1・・を有するドライバーケース3と、ピン4、チエンジピン5、ドライバー7の組み合わせとからなり、ドライバーケース3の前端面とプラグ1の後端面とが接する平面はシエアラインを構成し、ドライバーケース3の2N個のピン穴のうちN個のピン穴はプラグ1に設けられているピン穴14に相応する位置に配置され、その各隣接するピン穴の中間にチエンジピン貯蔵穴B1・・を設け、チエンジピン貯蔵穴の内部にチエンジピン5を一時的に置き去りにしたり又は拾い出したりすることによりピン組合体の高さを変更して可変にすることができる可変式錠前。

(作用)

ドライバーケースのチエンジピン貯蔵穴B1・・の内部にチエンジピンを一時的に置き去りにしたり又は拾い出したりすることによりピンの組合体の高さを変更し可変にすることができる。例えば、第6a図と第6g図をくらべると、第6a図の場合には組合体を高さh1だけ押し込むことができる切込みを持った台1の操作鍵K1によって操作することができたが、第2の操作鍵K2を操作して第6g図のように組合体の高さを変更したことにより、第1の操作鍵K1では施解錠することができなくなり、組合体を高さh2だけ押し込むことができる切込みを持った第2の操作鍵K2によらなければ施解錠することができなくなる。」

と記載されており、

審判甲第4号証の特開昭60ー230481号公報(昭和60年11月15日公開)には、

「(目的)

第1の鍵が紛失したり、盗難にあった場合に、シリンダ錠を簡易迅速に調節して第1の鍵では作動せず、第2の鍵で作動し得るシリンダ錠を提供する。

(構成)

固定部材3と回動部材5に複数の回動規制部材挿通孔17、18を形成し、該複数の回動規制部材挿通孔に回動規制部材を夫々挿入すると共に、回動規制部材挿通孔の少なくとも一つには更に摺動部材32が挿入され、該摺動部材の挿入された回動規制部材の長手方向の移動を阻止する阻止部材35を固設したシリンダ錠。

(作用)

シリンダ錠1は第1の鍵41と第2の鍵42とを備え、第1の鍵41において、阻止部材35を挿入していない状態のシリンダ錠1を作動させることが出来、阻止部材35を挿入した場合には第1の鍵41では作動せず、第2の鍵42でのみ作動し得る用になされている。」

と記載されており、

審判甲第5号証の特公昭51ー23232号公報(昭和51年7月15日公開)には、

「(目的)

錠胴の前端の円形キー収容開口に特別なリセットキーを挿入し、次いでキーを所定の角だけ回動すると、タンブラー組み合わせの変更が自動的に行われ、リセットキーが取り出されると、以前に錠に適合した初期のキーはもはや働かず錠を作動するのに異なるキーを必要とするようにした錠に関する。

(構成)

従動タンブラー60、駆動タンブラー62およびリセットタンブラー74をそれぞれ設け、これらのタンブラーは3部分のみのタンブラー構成を形成するようにし、これらのタンブラーを前方へ押圧して中間区分46と後方錠シリンダ30との界面および中間区分46と前方リセットシリンダ70との界面をよぎって平常突出させて中間区分46と各シリンダ30、70との間の相対回転を阻止するバネ78を設ける。複数個の操作キー12は他の操作キーと異なる肩を有し、これらの肩はリセットタンブラ74と係合可能で、かつ駆動タンブラ62と従動タンブラ60とをその中間区分解放位置へ移動するようリセットタンブラ74を介して作用するようになし、各操作キー12の筒状体82には整合切欠92と整合すべく外方へ延びた整合ラグ90を設ける。リセットキー13の筒状体82は整合ラグを欠き、リセットキー13を任意の選択角位置へ回動した後に円形キー開口42から取り出すことができる。

(作用)

操作キー12を導入して錠軸34の中間区分46と後方錠シリンダ30が互いに解放される状態(第8図)から、リセットキー13を導入して第9図の状態から回動して第10図の状態にしてリセットキーを取り出すと第11図になる。このとき、錠構造体は異なる組み合わせにリセットされ、しかしてリセットタンブラー74は異なる駆動タンブラー62と組になるから初期のキー12は錠を操作できない。」

と記載されている。

(ⅱ) 本件第1考案と審判甲第2号証記載の考案との比較

そこで、本件第1考案と審判甲第2号証記載の考案とを比較すると、審判甲第2号証記載の考案の「外筒」「カラーリング」「内軸」「後ピン」「前ピン」「チエンジキー」「マスターキー」「オペレーターキー」はそれぞれ本件第1考案の「ケーシング」「固定筒体部」「回転体」「ドライブピン」「操作ピン」「第一変換鍵」「第二変換鍵」「第二鍵」に相当し、また、前記したように本件第1考案の第一鍵に相当するものが実質的に記載されていると認められるから、両者は、「鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングとケーシング奥内部に設けられる多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体を構成部材とし、錠本体の鍵挿入口から差込み可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組み合わされてなるピンタンブラー錠において、第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、第二変換鍵と、抜け止め用突起を有し第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二変換鍵とを具えた鍵変換式ピンタンブラー錠」で一致し、次の点で相違するものと認められる。

ア.審判甲第2号証記載の考案は内軸3の中軸部3bとカラーリング9との間にマスターリング8を介在させ、該マスターリングのピン孔部に長さの異なる中間ピン11bを挿入してタンブラー編成の変換を行うのに対して、本件第1考案は、マスターリングに相当する部材を介在することなく、一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側にボールを介在させ、前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンとケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けることにより、タンブラー編成の変換を行う点(相違点ア)。

イ.本件第1考案では、第一変換鍵及び第二変換鍵がそれぞれ抜け止め用突起を有さないのに対して、審判甲第2号証考案では第一変換鍵(チエンジキー)、第二変換鍵(マスターキー)にそれぞれ小幅突起を設けて抜け止め作用を持たせている点(相違点イ)。

(ⅲ) 相違点アについての検討

審判甲第2号証記載の考案は、マスターリングと長さを異にする中間ピンの使用によるタンブラー編成の交換が特徴であり、加えて、変換数の増加のために、マスターリングを増やす旨の示唆はあるが、マスターリングを排除できる旨の示唆は一切ないこと、及び中間ピンの長さは同一でないことから、審判甲第3号証記載の考案のものが審判甲第2号証記載の考案のマスターリングに相当するものを使用していないことが示されていても該審判甲第3号証記載の考案は本件第1考案の固定筒体部に相当するドライバーケースにピン穴と別途にチエンジピン貯蔵穴を設けなければならないことから単に審判甲第2号証記載考案のマスターリングを削除することは困難であり、また、長さの異なる複数の中間ピンを本件第1考案のボールに単純に置き換えることはできないことを考慮すると、審判甲第4号証記載の考案に摺動部材としてボール状のものを用いることが示されていてもこのボールを審判甲第2号証記載考案の中間ピンに置き換えることは当業者といえども容易ではない。

(ⅳ) 相違点イについての検討

審判甲第2号証記載の考案では第一変換鍵を引き抜いたり、第二変換鍵を挿入するために抜け止め用突起B2,A2が通過可能な切欠部13を設けているのに対して、本件考案1は抜け止め用突起そのものをなくしているが、いずれも第一変換鍵を引き抜き可能にし第二変換鍵を挿入可能にするための構成であることに変わりがない。また、審判甲第5号証にはリセットキー13の抜き差しを許容するため抜け止め用突起を省略することが記載されている以上、変換鍵に抜け止め用突起を設けない程度のことは当業者が必要に応じて極めて容易になし得る事項と認められる。

したがって、相違点イは当業者が極めて容易になせる事項にすぎないものと認められるが、相違点アは当業者といえども極めて容易になせる事項ではないと認められ、本件第1考案は、実用新案法実用新案法第3条第2項の規定に該当せず、無効理由1は理由がない。また、本件第2考案は本件第1考案を引用しているものであるから、別に検討するまでもなく無効理由1は理由がない。

(5)  -3-2 無効理由2についてした審決の検討(訂正後の本件考案について)本件訂正が旧実用新案法第40条第2項ただし書に規定する範囲内においてなされ、同ただし書で規定する登録請求の範囲の減縮、誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とし、同条第5項の規定において準用される旧実用新案法第39条第2項の規定でいう実質上登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないと認められることは、前記したとおりである。

また、本件考案に係る明細書の記載に関し、被告は「少なくとも一つのピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側にボールを介在させる」だけでは「ピン孔底部とドライブピンとの間隔がボールより狭いのか、広いのか不明」であり、また「短寸ピンがドライブピンなのか操作ピンなのか不明」であるから、本件明細書及び図面は当業者が容易に考案を実施できる程度に記載されておらず、また短寸ピンの種類に応じてピン孔底部とドライブピンとの間隔を定めていない登録請求の範囲第1項は考案の構成に欠くことができない事項を記載したものではないと主張しているので、この点についても検討すると、訂正された明細書の登録請求の範囲第1項には「一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボール」「前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンとケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられている」と記載され、またこれと整合して考案の詳細な説明も訂正されているから、この点についての被告の主張は採用できない。

したがって、本件出願の明細書は実用新案法第5条第3項及び第4項の規定を満たしており、無効理由2は理由がない。

(5)-3-3 無効理由3についてした審決の検討(訂正後の本件考案について)

(ⅰ) 事実の認定

本件考案に係る「鍵変換式のピンタンブラー錠」が、本件実用新案登録出願前に、株式会社ファーストロック(茨城県下妻市<以下略>、代表取締役【E】)で製造され、株式会社小松遊機(代表取締役【A】:千葉県松戸市<以下略>)及び【G】(千葉県松戸市<以下略>)に販売されたかについて、平成10年9月30日特許庁審判廷において証人【E】、【F】、【A】に対する証人尋問による証拠調べを行った。

証人尋問により真正に成立したものと認められる審判甲第6号証、審判甲第7号証、審判甲第10号証、審判甲第11号証、審判甲第15号証、審判甲第19号証、審判甲第19号証、審判甲第20号証、審判甲第21号証の1、2、審判甲第22号証、審判甲第23号証、審判甲第26ないし第28号証、検審判甲第1号証、証人【E】、同【F】、同【A】の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

① 【E】は、昭和58年にファーストロック(当初は個人経営)を開業し、昭和60年10月1日より上記ファーストロックを株式会社として設立し代表取締役となり現在に至っている。

② (株)ファーストロックの主たる業務は、鍵及び錠の製造販売で、先端部分が円筒状になっている「丸鍵」も製造販売している。

③ (株)ファーストロックは、昭和60年9月から、パチンコの台に使用する丸鍵形状の錠・鍵の製造を開始し、同時期から株式会社小松遊機に同製品の販売を開始した。

④ (株)ファーストロックは、昭和61年4月9日に、「F430B、No.32」を単価500円で300個、「F430B、No.32用キーA、B」を単価300円で20個、【G】に販売した。

また、同年4月11日にも「F430B、No.32用キーA、B」を同単価で10個、【G】に販売した。

⑤ (株)ファーストロックは、昭和61年4月23日に、「F430B、No.33」を単価500円で300個、「F430B、No.33用キーA、B」を単価300円で40個、【G】に販売した。

⑥ 「F430B、No.33用キーA、B」は、丸鍵形式で、丸鍵部先端の円周に沿って7個の溝を有し、羽根部に「33A」又は「33B」と刻印されている。「33A」又は「33B」と刻印された鍵はそれぞれ2個あり、「33A」と刻印された鍵はそれぞれ溝形状は同じであるが一方は溝近傍に1個の突起を有する鍵(以下「A鍵」という。)であるが、他方は突起を有していない鍵(以下「A変換鍵」という。)である。「33B」と刻印された鍵も「33A」と刻印された鍵と同様突起を有するものと有しないものとあり、2個とも溝形状は同じであるが「33A」と刻印された鍵の溝と相違して第7番目の溝が「33A」と刻印された鍵の第7番目の溝よりボール1個分深く形成されている(以下、突起のあるものを「B鍵」突起のないものを「B変換鍵」という。)。

⑦ 株式会社小松遊機において、パチンコ台用のキーで鍵変換式の丸鍵を「Aキー」「Bキー」という呼び名で呼んでいる。

⑧ 「F430B、No.32」及び「F430B、No.33」は、パチンコ台用の鍵変換式ピンタンブラー錠である。

⑨ 「F430B、No.32」及び「F430B、No.33」鍵変換式ピンタンブラー錠の構造は、次のとおり。

ア 深さ10mm、径2.2mmの穴が円周方向に45゜間隔で7個所設けられたプラグBの7個の穴にスプリングを入れる。

イ 次に、当該7個の穴に、長さ9mm、径2mmのドライバーピンを入れる。その際、ボールの入る6番目の穴には長さ5.4か5.8mmのコードピンを入れる。

ウ 次に、プラグBに形成された穴と同位置で同径の貫通孔を有するプラグAをプラグBの中心の穴に挿入する。

エ 次に、プラグAの7個の貫通孔に長さ5mmから0.4mmずつ長くなる7種類のコードピンを乱数表を見ながら入れる。その際、6番目の孔は直径2mmのボールを入れてからコードピンを入れる。

オ 次に、プラグA、プラグBにシリンダケースをかぶせ、シリンダケースの穴にダボ状の仮止めをする。

カ この状態の錠にキーを差し込んで、鍵がかかることを確認し、次に、変換キーを差し込んで錠の変換ができるかどうかを確認し、確認後、錠の変換を元に戻す。

キ 次に、錠の仮止めを外し、シリンダケースの穴にカシメピンを入れてカシメる。

⑩ 「F430B、No.32」及び「F430B、No.33」鍵変換式ピンタンブラー錠の変換操作は次のとおり。

ア 突起のないAキーを錠に挿入し、45度回転させてプラグAを回転させた後、錠からキーを抜く。

イ 次に、突起のないBキーを錠に挿入するとBキーのボール1個分深い7番目の溝にボールが入る、その状態でBキーを45度元に戻すと、ボールも一緒に移動し、ボールの位置が最初の位置が45度ずれた位置に変わる。

ウ すると、AキーではプラグAを回転することはできなくなり、BキーでしかプラグAを回転すること、すなわち、開錠できなくなる。

(ⅱ) 判断

以上に認定した事実を前提として、まず、「F430B、No.33」及び「F430B、No.33用キーA、B」から成る鍵変換式ピンタンブラー錠(以下単に「No.33錠」という。)が、訂正後の本件第1考案と同一であるか否かを判断する。

「No.33錠」を構成する「シリンダケース」「プラグB」「プラグA」「ドライバーピン及び第6番目の穴に入るコードピン」「コードピン」「ボール」「A鍵」「A変換鍵」「B変換鍵」「B鍵」はその機能に照らし、それぞれ本件第1考案の「ケーシング」「固定筒体部」「回転体」「ドライブピン」「操作ピン」「ボール」「第一鍵」「第一変換鍵」「第二変換鍵」「第二鍵」に相当することは明らかである。

そして、「No.33錠」のプラグBの穴の深さが10mm、ドライバーピンの長さが9mm、ボールの径が2mmであるから、プラグBの穴底部とドライバーピンとの間はボールより狭い間隙に設けられていると認められる。

してみると、「No.33錠」は、本件第1考案と同一である。

また、訂正後の本件第2考案と「No.33錠」とが同一か否か判断する。

本件第2考案の「短寸のピンがドライブピンであって」は、本件第1考案の「一つのドライブピンを短寸として」と同じことであり、また、「No.33錠」においては、「Bキー」「B変換キー」ともにその溝の一つが、「Aキー」「A変換キー」の溝よりボール一個分深く形成されているから、「No.33錠」は、本件第2考案とも同一である。

次に、本件第1考案及び本件第2考案が本件実用新案登録出願前に日本国内において公然実施されたかについて検討する。

「No.33錠」が、本件実用新案登録出願前の昭和61年4月23日に、(株)ファーストロックから【G】に販売されたことは、上記のとおり明らかであるから、本件第1考案及び本件第2考案は、本件実用新案登録出願前に日本国内において公然実施された考案である。

(ⅲ) 訂正の可否についての結び

以上のとおり、訂正後の本件考案は、実用新案法第3条第1項第2号に該当し、同条の規定により実用新案登録を受けることができない。

したがって、訂正後の考案は実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものでないから、本件訂正は、旧実用新案法第39条第3項の規定に適合しないので、当該訂正はすることができない。

(6)  訂正前の本件考案に対する判断

(6)-1 本件考案(訂正前)の要旨

前記のとおり本件訂正は認められないので、本件考案の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「(1)鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングと、ケーシング奥内部に設けられ多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体とから錠本体が構成され、該錠本体の前記鍵挿入口から差込可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組合わされてなるピンタンブラー錠において、

上記少なくとも一つのピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側に介在されたボールと、前記抜け止め用突起を有さずに前記第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、前記抜け止め用突起を有さずに少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面が上記ボール一個分相違して形成された第二変換鍵と、前記抜け止め用突起を有し前記第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二鍵とを具えたことを特徴とする鍵変換式ピンタンブラー錠。」

(2) 登録請求の範囲第1項記載の考案において、短寸のピンがドライブピンであって、第二変換鍵及び第二鍵の少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面がボール一個分深く形成されていることを特徴とする鍵変換式のピンタンブラー錠。」

(6)-2 無効理由1に対してした審決の判断(訂正前の本件考案について)

(6)-2-1 対比

本件第1考案と審判甲第2号証記載の考案とを比較すると、審判甲第2号証記載の考案の「外筒」「カラーリング」「内軸」「後ピン」「前ピン」「チエンジキー」「マスターキー」「オペレーターキー」はそれぞれ本件第1考案の「ケーシング」「固定筒体部」「回転体」「ドライブピン」「操作ピン」「第一変換鍵」「第二変換鍵」「第二鍵」に相当し、また、前記したように本件第1考案の第一鍵に相当するものが実質的に記載されていると認められるから、両者は、「鍵挿入口の外縁に切欠部を有するケーシングとケーシング奥内部に設けられる多数列の有底ピン孔底部から前方へ付勢状態でドライブピンを夫々収容する固定筒体部と、固定筒体部に一端が回動自在に挿通されて該固定筒体部表面との間で回転面を構成すると共に多数列の貫通ピン孔に夫々操作ピンを前記ドライブピンと同軸上に収容する回転体を構成部材とし、錠本体の鍵挿入口から差込み可能な外周端面には操作ピン押圧用カム溝面と抜け止め用突起とを夫々具える第一鍵とから組み合わされてなるピンタンブラー錠において、第一鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第一変換鍵と、第二変換鍵と、抜け止め用突起を有し第二変換鍵の操作ピン押圧用カム溝面と同様の操作ピン押圧用カム溝面を有する第二変換鍵とを具えた鍵変換式ピンタンブラー錠」で一致し、次の点で相違するものと認められる。

ア 審判甲第2号証記載の考案は内軸3の中軸部3bとカラーリング9との間にマスターリング8を介在させ、該マスターリングのピン孔部に長さの異なる中間ピン11bを挿入してタンブラー編成の変換を行うのに対して、本件第1考案は、マスターリングに相当する部材を介在することなく、一つのドライブピンを短寸として当該ピン孔内の回転面側にボールを介在させる点(相違点ア)。

イ 本件考案1では、第一変換鍵及び第二変換鍵がそれぞれ抜け止め用突起を有さないのに対して、審判甲第2号証考案では第一変換鍵(チエンジキー)、第二変換鍵(マスターキー)にそれぞれ小幅突起を設けて抜け止め作用を持たせている点(相違点イ)。

(6)-2-2 相違点アについて審決がした検討

審判甲第2号証記載の考案は、マスターリングと長さを異にする中間ピンの使用によるタンブラー編成の交換が特徴であり、加えて、変換数の増加のために、マスターリングを増やす旨の示唆はあるが、マスターリングを排除できる旨の示唆は一切ないこと、及び中間ピンの長さは同一でないことから、審判甲第3号証記載の考案のものが審判甲第2号証記載の考案のマスターリングに相当するものを使用していないことが示されていても該審判甲第3号証記載の考案は本件考案の固定筒体部に相当するドライバーケースにピン穴と別途にチエンジピン貯蔵穴を設けなければならないことから単に審判甲第2号証記載の考案のマスターリングを削除することは困難であり、また、長さの異なる複数の中間ピンを本件考案1のボールに単純に置き換えることはできないことを考慮すると、審判甲第4号証記載の考案に摺動部材としてボール状のものを用いることが示されていてもこのボールを審判甲第2号証考案の中間ピンに置き換えることは当業者といえども容易ではない。

(6)-2-3 相違点イについて審決がした検討

審判甲第2号証記載の考案では第一変換鍵を引き抜いたり、第二変換鍵を挿入するために抜け止め用突起B2,A2が通過可能な切欠部13を設けているのに対して、本件考案1は抜け止め用突起そのものをなくしているが、いずれも第一変換鍵を引き抜き可能にし第二変換鍵を挿入可能にするための構成であることに変わりがない。また、審判甲第5号証にはリセットキー13の抜き差しを許容するため抜け止め用突起を省略することが記載されている以上、変換鍵に抜け止め用突起を設けない程度のことは当業者が必要に応じて極めて容易になし得る事項と認められる。

したがって、相違点イは当業者が極めて容易になせる事項にすぎないものと認められるが、相違点アは当業者といえども容易になせる事項ではないと認められ、本件第1考案は、実用新案法第3条第2項の規定に該当せず、無効理由1は理由がない。また、本件第2考案は本件第1考案を引用しているものであるから、別に検討するまでもなく無効理由1は理由がない。

(6)-3 無効理由2に対してした審決の判断(訂正前の本件考案について)

平成8年5月24日付け実用新案登録無効理由通知において、本件考案は、「ピンの編成を変換後、第一鍵を差し込もうとしても、該第一鍵6はボール29に邪魔されて差し込まれないので、第一鍵6は不能となる」ようにする構造に特徴があるところ、登録請求の範囲の記載では、上記の機能を奏するために欠くことができない事項と認められる構成が明瞭に記載されていない、と指摘しており、

また、平成9年2月10日付け実用新案登録無効理由通知及び訂正拒絶理由通知において、本件考案の「上記少なくとも一つのピン」とは何か不明であり、及び本件考案の「前記ケーシングの有底ピン孔底部と前記ドライブピンとの間は前記ボールより狭い間隙に設けられている」の「ドライブピン」は、短寸のドライブピンも含まれることを排除していないが、この短寸のドライブピンの場合は、「前記ケーシングの有底ピン孔底部と前記ドライブピンとの間は前記ボールより狭い間隙に設けられている」とならず、不明である、と指摘しており、

また、平成9年5月27日付け実用新案登録無効理由通知及び訂正拒絶理由通知において、登録請求の範囲第1項の「少なくとも一つのドライブピンを短寸として」は、すべてのドライブピンが短寸の場合も包含するものと認められるところ、すべてのドライブピンが短寸の場合はボールがどの位置にあっても第一鍵の操作で解錠し得ることとなり、本件考案の目的・効果を達成できない、と指摘しているように、

本件考案の登録請求の範囲には、本件考案の構成に欠くことができない事項が必ずしも明確に記載されているものとは認められない。

(6)-4 無効理由3に対してした審決の判断(訂正前の本件考案について)

本件の登録請求の範囲第1項記載の考案を訂正後の本件第1考案と比較すると、本件の登録請求の範囲第1項記載の考案は、訂正後の本件第1考案の「一つのドライブピン」の部分が「少なくとも一つのピン」となっており、また、訂正後の本件第1考案の「前記短寸としたドライブピンを除く他のドライブピンと前記ケーシングの有底ピン孔底部との間はドライブピンと操作ピンとの当接面が回転面まで一致するときにおいて前記ボールより狭い間隙に設けられている」という構成を欠如するだけのものであり、また、前記本件の登録請求の範囲第2項記載の考案は、訂正後の本件第2考案の「少なくとも一つの操作ピン押圧用カム溝面」を「一つの操作ピン押圧用カム溝面」となっているだけであるから、前記(5)-3-3の項に記載したと同様、本件第1考案及び本件第2考案は、「No.33錠」と同一である。

(6)-5 訂正前の本件考案についてした審決の小結

してみると、本件考案は、本件実用新案登録出願前に日本国内において公然実施された考案であるから、実用新案法第3条第1項第2号に該当し、同条の規定により実用新案登録を受けることができない。

(7)  審決の結び

以上のとおりであるから、本件考案は、実用新案法第3条第1項の規定に違反してなされたものであるので、実用新案法第37条第1項第1号に該当し、無効とすべきものである。

第3原告主張の審決取消事由

審決は、「No.33錠」は、本件第1考案及び本件第2考案と同一であるとし、また、「No.33錠」が、本件実用新案登録出願前の昭和61年4月23日に、(株)ファーストロックから【G】に販売されたことが明らかであると認定して、本件第1考案及び本件第2考案は、本件実用新案登録出願前に日本国内において公然実施された考案であるとした上、訂正後の考案は実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものでないから、本件訂正は、旧実用新案法第39条第3項の規定に適合しないので、当該訂正はすることができないと判断した。

審決の上記認定は、重要な事実を看過し、あるいは証拠評価を誤ったものであって、誤りであり、これに基づいてした審決の結論も誤りであるから、審決は取消しを免れない。

1  被告は【E】が当初製造した切替式でないピンタンブラー錠を検甲第一号証として提出するが、【E】の考案を示すべき錠についてはなぜか保管していなかったとしてこれを提出していない。このことは、【E】が、同人の考案(原告は、【E】の考案の存在自体を否認するものであるが、以下、便宜上これを「【E】考案」と表記する。)の実施品であると主張する切替式のピンタンブラー錠を実際に製造していたのか否かを確定する上で極めて不利益に取り扱われるべき事情なのに、審決はこれを一顧だにしていない。

2  (株)ファーストロックは、その製造する商品カタログにおいても、切替式のピンタンブラー錠を掲載していないばかりかその履歴の欄にもパチンコ機械用の錠の製造を開始したとするのみで、極めて画期的な(あるいは、少なくとも従前とはその性能を異にする)切替式の錠の製造を開始したことを一切記載していない。このことも、【E】考案に基づく実施品を製造したとする被告の主張が容れられないことを裏付ける重大な事実なのに、審決はこれを看過している。

3  しかも、(株)ファーストロックの右カタログには、「A/B」と記載して識別されている商品の掲載が存在し、そのいずれも「切替式」に関連するものではないにもかかわらず、それと同様の趣旨の記載と思料される(株)ファーストロックの売掛金台帳上の「キーA」、「キーB」の記載をもって「切替式」と認定すること自体、「製造メーカーの品番、その他の表示の手法」を全く看過するものである。

4  (株)ファーストロックでは切替式でない錠と切替式の錠とが同じ品番で製造されたとしており、これも通常のメーカーであればあり得ないことなのに、審決はこのことにも全く意を払わないまま前記認定をした違法がある(通常の製造メーカーであれば、従来のピンタンブラー錠とは明らかにその性能を異にする商品であるから、品名自体を変更して従来品と区別することが通常であることを考慮すれば、審決ではむしろ、「切替式を製造したことを根拠づける事実は存在しない。」と認定されるべきであった。)。

5  考案を実施するにはその組立て等に必要不可欠なものとして図面の存在があるが、【E】考案を示す図面が一切提出されていないのに、審決は【E】考案の存在を認めるが、これも明らかに証拠の採否及び評価を誤ったものである。

【G】の陳述書についても、その形式上図面を添付することとなっているにもかかわらずこれが添付されておらず、また、その内容としても「鍵の数」の点において極めて不可解な記載が存在するものであって、このことは【G】の陳述書の信用性を全く喪失させるものである。にもかかわらず、審決は【G】の陳述書のこのような信用性の著しい欠如を全く無視し、右陳述書に基づき判断をしているとしか評し得ない。

6  【E】の陳述書によれば、【E】考案を完成させたヒントとなったものが「丸鍵」であるとしながら、【E】は特許庁での証言においては「板鍵」を基にヒントを得て【E】の考案を完成させたとする、極めて矛盾した供述となっている。仮に【E】が真実【E】考案を考案したのであるとすれば、その考案のヒントについて全く異なる証言をすることなどあり得ないことであり、【E】の陳述書には「着想のヒント」すら統一して供述する記載がない。

【E】は、【E】考案の詳細を特許庁において証言しているが、これは本件考案の明細を一読すれば(当業者であれば)容易に理解し得るものであって、このような詳細な説明をできたこと自体は、本件認定に全く影響がない。

7  審決は、(株)ファーストロックが【E】考案の実施品を本件考案の出願前に【G】に販売した(公然実施した)ことを認定しているが、この認定も明らかに証拠の採否及び評価を誤ったものである。

(株)ファーストロックの帳簿には、「A」「B」と記載されているのみであり、これが「切替式」であることをその帳簿の記載自体から証拠づけることができないのはもちろん、前記したとおり(株)ファーストロックのカタログにも右表示が「切替式」を示すものであると認定し得る記載は一切存在しないにもかかわらず、審決は右帳簿の記載をもって「切替式」であると認定したものである。「切替式」を【G】が購入したとする事実についても、【G】の陳述書の内容は極めて不明確、かつ、矛盾したものである。

しかも、【G】は、被告側証人として採用されているにもかかわらず出頭に応じなかったものであるところ、同人の証言なしにその陳述書を採用したのには、審判の審理に明らかな違法がある。

8  審決は、本件考案と【E】考案とが同一のものであると認定しているが、誤りである。

審決が【E】の特許庁での証言を前提として、本件考案と【E】考案との同一性を認定したとすれば、【E】の証言が本件考案の明細書を一読すれば当業者(鍵の製造メーカー)であればだれでも容易に理解し得ることを証言したものにすぎないことからすれば、極めて不相当である。

【E】が【E】考案に関する図面を一切提出していない事実は、その実施品が提出されていない事実と併せ考慮すれば、当時【E】考案が存在したとする事実を否定する重要な事実であるにもかかわらず、審決はこれをも無視して【E】考案の存在を認定していて、違法である。

9  (株)ファーストロックが【E】考案に基づいてその実施品を本件考案の出願前に第三者に売買するなど公然実施したとの事実は、被告の立証責任に属するものであるところ、被告がその立証を尽くしていないのに、審決は本件考案を無効とした違法がある。

第4審決取消事由に対する被告の反論

原告主張事実は否認し、主張は争う。審決の認定に原告主張の誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  原告が審決に誤りがあるとするのは、まず、訂正後の本件考案に関し無効理由3の事由があるか否かを判断する前提としてした審決の理由の要点(5)-3-3における「(ⅰ)事実の認定」の部分であるが、そのうち、①ないし③における認定事実に関しては、原告も積極的に争っているものではないし(原告準備書面(1)及び(2))、①ないし③の事実は甲第7号証(【E】作成の陳述書。審判甲第6号証)によって認めることができ、これに反する証拠もない。

2  甲第7号証及び第12号証((株)ファーストロック作成の売上帳。審判甲第11号証)並びに乙第5号証(【E】の本件審判における証人尋問結果の録音反訳書)によれば、審決の理由の要点(5)-3-3の(ⅰ)事実の認定における④、⑤の事実、すなわち、「(株)ファーストロックは、昭和61年4月9日に、「F430B、No.32」を単価500円で300個、「F430B、No.32用キーA、B」を単価300円で20個、【G】に販売した。同社はまた、同年4月11日にも「F430B、No.32用キーA、B」を同単価で10個、【G】に販売した。」との事実、及び、「(株)ファーストロックは、昭和61年4月23日に、「F430B、No.33」を単価500円で300個、「F430B、No.33用キーA、B」を単価300円で40個、【G】に販売した。」との事実を認めることができる。乙第1号証((株)ファーストロックの平成1年1月ころの商品カタログ)の商品記載及び本訴における証人【G】の証言もこの事実を裏付けるものであり、他にこの認定を左右すべき証拠はない。

3  前項に掲記の各証拠のほか、甲第22号証(審判甲第21号証の1)、甲第23号証(審判甲第21号証の2)、甲第30号証(審判甲第28号証)、検乙第1号証(4個の鍵)、乙第6号証(【F】の本件審判における証人尋問結果の録音反訳書)並びに弁論の全趣旨によれば、審決の理由の要点(5)-3-3の(ⅰ)事実の認定における⑥ないし⑩の事実を認めることができ(ただし、そのうち⑨アの「円周方向に45°間隔で7個」とあるのは、正確には「円周方向に45°間隔で7個(そのうち最後の間隔は90°)」である。)、この認定を左右すべき証拠はない。

4  原告は、【G】を審判で証人尋問しなかった点を含め、上記の認定に関してした審決の証拠評価に多数の不合理な点がある旨るる主張するが、当裁判所で施行した【G】の証人尋問の結果を含む証拠を全体として評価してみるに、審決のした上記認定に不自然な点は一切なく、原告の主張は採用することができない。

なるほど、考案の公然実施に関しては、公然実施の事実を主張する者にその立証責任があり、本訴では被告にこの責任があるということができ、審判においてもまた本訴においても「F430B、No.33用キーA、B」及び「F430B、No.32用キーA、B」(「No.33錠」)に対応する錠が昭和61年4月当時存在していたことを直接証明する当時の錠そのもの、証拠として提出されていない。しかしながら、前記2、3に掲記の各証拠を総合評価すると、審決認定の前記事実関係はすべて十分に証明されたというべきであり、この認定を覆すべき証拠はない。

5  審決は、上記の各認定事実を前提にして、「No.33錠」は訂正後の本件第1考案及び本件第2考案と同一であると認定し、訂正後の本件第1考案及び本件第2考案は、登録出願前日本で公然実施された考案であると判断して、本件訂正は許されないとした上、訂正前の本件考案は、登録請求の範囲に本件考案の構成に欠くことができない事項が必ずしも明確に記載されているものとは認められないとし(審決の理由の要点(6)-3)、また、訂正前の本件考案は「No.33錠」と同一であって、登録出願前日本で公然実施された考案であると判断した(審決の理由の要点(6)-4)ものであるが、原告は、前記2ないし4で判断した部分に関する審決の事実認定を争う以外、その他の審決の判断過程を具体的に争って取消事由としていないし、その判断過程に誤りがあることをうかがわせる事情も認められない。

したがって、審決の上記事実認定を支持することができる以上、本件考案を無効とすべきものとした審決を違法として取り消すことはできず、原告主張の審決取消事由は理由がない。

第6結論

よって、原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平)

裁判官 市川正巳は、転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 永井紀昭

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